OPENSAUCE®

MEMBER

  • 宮田 人司CEO (Chief Eat Officer)

    『耕作』『料理』『食す』という素朴でありながら洗練された大切な文化は、クリエイティブで多様性があり、未来へ紡ぐリレーのようなものだ。
    風土に根付いた食文化から創造的な美食まで、そこには様々なストーリーがある。北大路魯山人は著書の味覚馬鹿で「これほど深い、これほどに知らねばならない味覚の世界のあることを銘記せよ」と説いた。『食の知』は、誰もが自由に手にして行動することが出来るべきだと私達は信じている。OPENSAUCEは、命の中心にある「食」を探求し、次世代へ正しく伝承することで、より豊かな未来を創造して行きたい。

  • 高畠 善史Graphic Designer

    私は忘れっぽいので、肝心の料理の味はあまり覚えていなくて、美味しかったという感覚的な記憶しかないことが多い。経験上、美味しくなかった場合は、あまり良い思い出にはなっていないような気がする。美味しかったから幸せな記憶になるのだと思う。美味しい食は良い記憶をつくる。その食にまつわることがデータ化されて残り、共有されることはとても幸せな行為であると思う。

  • 細野 将秀Master Carpenter

    「お腹が減ったなぁ」と定期的に訪れるこの感覚。ご飯を目の前にして美味しそう!すごくうまい!毎日、毎度言いたいですよね!食と言うのは絶対的存在であり楽しい会話が生まれる武器だと思います。そんな楽しい会話やテンションが上がる一つのツールとして今からできるレストランを是非楽しんで下さい。

  • 中川 俊彦Manager / Alembic代表

    お腹がすいたから食べる、カラダによいから食べる、生きるために食べる。いろんな食べるがありますよね。なかでも、僕は大切な人と一緒に美味しいを分かち合って食べる時間が好きです。「いただきます」から始まって、「ごちそうさま」で終わる時間。食卓を囲んで、お腹も気持ちもいっぱいになって、「あぁ、今日も良い一日だったな」と思えるこのシアワセな時間を、より多くの人が過ごしてもらえるように農業、食を楽しむ場の提供、そして醸造の仕事を通して伝えて行きたいと思います。

  • 高橋 俊充Photographer / Designer

    小さい頃、親に「旨いから」と勧められても中々箸の伸びなかった料理が、年を重ねるごとに好んで食べるようになってきた。その親も早くに他界しているので、それこそ親の手作りの料理を食べたいと思うがもう叶わない。地の食材で作られた料理には美味しさはもちろん、ありがたさを感じる。いろんな料理を食べたいと言うより、旨いと思うものをずっと食べ続けたい。

  • 竹下 哲広Mixer

    末っ子長男の私は年の離れた姉2人を見て「早く大人になりたい」と背伸びをしていました。1人で幼稚園のバスに乗って通園し、洗濯物をたたみ、たまに料理もする。幼い弟の料理(もどき)を「美味しい」と喜んでくれた姉。大人(といっても中学生)に認められた感じがしてすごく嬉しかった。大人になった今、音をMixして音楽を楽しんでもらうこと、お酒をMixしてバーを楽しんでもらうことが自分の喜びとなっています。この場所で、ここで出会った仲間達と、まだ出会っていない人に喜んでもらうものを創り、「人に喜んでもらう喜び」を自分の子供にも見せていけたらと思います。

  • 中井 雄平editor

    食べることを言葉にする機会はいろいろあります。「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」もあれば、「まいうー!」もあります。すべての言葉のうち何%が食に関するものなのでしょうか。少しでも増やしていければと思います。

  • 森 美紀associate

    食に無頓着だった独身時代と意識が変わったのは子育てがきっかけだったことは言うまでもなく。子の成長と共に少し時間にゆとりをもてるようになったこの頃は、母に昔作ってもらっていた料理のレシピを尋ねて「あのご飯、美味しかったなぁ」と思い出しながら作って食べる時間や、家族に振る舞った際に美味しい!の一言をもらう嬉しさ。また、地元ならではの素材の良さに出会った喜び、生産者の想いにふれる経験など、OPENSAUCEチームとの出会いで、食からのインスピレーションを感じさせて頂いてます。食を囲むことで人が集まり、喜び・発見・コミュニケーションが生まれる。楽しいコトと記憶になる。楽しい!が隣り合わせの「食」に夢中です。

  • 藤波 宏子Accounting & General

    「うちの親戚には農家があったからお弁当は持っていけたけど、盗まれることがよくあったよ。」戦争の頃青春だった母の話。料理上手だったので、父にとっては家で食べることがベストだった。そんな父が一度だけ、料理を見た瞬間にバンっと箸を置いて席を立った。美味しそうなさつま芋ご飯だったけれど、昔々の記憶に引っかかったんだろうなと、後になって気づく。食べることが生きることだから喜怒哀楽も詰まっている。レシピはそれぞれの人生も文化も脈々と受け継いでくれる。作れるか作れないかは別として、レシピを知るのは本当に楽しみ。

  • 髙木 慎一朗CCO (Chief Cooking Officer)

    大切にしていたものが失くなったら、いつまでも忘れないですよね。たとえ、それが二度と現れることがなくても。幼い頃に大好きだった、お母さんの作ったあの料理、大切な人と二人で食べた、あのレストランのあの味。あの味を失くさないようにするにはどうしたら良いのか、そして世界中のみんなで一緒に楽しめるようになるには、どうしたら良いのか?そう思ってしまったので、これから食の向こう側を考えてみたいと思います。

  • 村田 智Farming Communicator /
    KNOWCH代表

    食べるための争いも経てきた人類が、やがて種から農作物をつくり、農作物を飼料とした畜産も生み出しました。その後、世界人口の増加に合わせるかのように農業技術は進化を遂げ、今日まで世界の胃袋を満たしてきました。一方で、耕作放棄地、農業従事者の高齢化、フードロス、フードマイレージ、有り余る農作物の国家間の押しつけ合いなど、様々な問題もあるのが現実です。OPENSAUCEの『KNOWCH』プロジェクトでは、問題に農家の視点から取り組みます。

  • 垣内 大樹Head Sommelier

    生まれた家は能登の寿司屋だった。炊きたてのご飯に酢を合わせて、うちわで扇ぐ作業を手伝う。温かい湯気に乗ってツンとした酢飯の香りが鼻を刺す。それが何とも言えない良い香り。程よく温かい酢飯で祖母が握ってくれた「いくらのおにぎり」と寿司を握る祖父と父、手伝う母。それが私の食の思い出だ。そしてこの思い出は、五感の全てで感じたもので出来ている。食は誰もが生まれてまもなく経験し、無意識でも食に対する好みや考えがあり、食に対する思い出を持っている。五感で食を楽しみ、食の思い出として残る場所をつくっていきたいと思う。

  • 時津 綾子Chief Financial Officer

    食べられる、って幸せ。朝、親子げんかして学校に行っても「ただいまー!ごはん何??」って元気に帰ってくる子供だったわよ。と、母。家のごはんが大好きだった私。いまは私が母になり、家族の食を考える。その土地の旬の味を、季節を味わう、感謝して、命を頂く。そんな当たり前のことを、未来の子供たちも経験できますように。食べる人も作る人も幸せになる思いのこもったレシピで繋がっていきたい。

  • 野岸 広之Chef

    兼業農家に生まれ、繁忙期は家族親戚総出で農作業にあたっていました。母は調理師学校出身だったので食事もおやつもすべて手作り。調理に携わる仕事をさせてもらうようになった今、この「OPENSAUCE 」で子供時代の農業、母の手料理が身近にあったことを活かしていけたらと思います。

  • 三石 晃生Wiseman

    私は、だいたい数日に一食しか食べない。一ヶ月に一食のときもある。宗教上の理由でも、ストイックなポリシーでもなく、ただなんとなく食べたい時に食べるとこのサイクルになってしまう。だから私は食に対して真剣である。久々の一食を「適当」に食べてなるものか。久々の食事が卵かけ御飯だとしよう。先に白身と醤油とを御飯にしっかりまぜて、御飯をふかふかにしてから器によそって、上に黄身を落とす。このときに醤油がちょっと強いかなというぐらいの加減がちょうどいい。醤油の味わい、黄身のコク、御飯の甘さ。複雑にして鮮烈な味わいの粒子群は、腹を空かせた者の頭上に降りそそがれる神からの贈物である。自然と口から出るのは、「ありがたい」の一言。

  • 大蘿 淳司CDO (Chief Drunk Officer)

    私は、山口の片田舎の専業農家に生まれました。父は農業や食の材を作ることに大きな情熱をかかげていましたが、いろいろな理由で農業を断念しました。大人になって食や農業を取り巻く事情も理解し、日本でなくインドなどの事情も目にしました。情熱を持った農家が素晴らしい食の材を提供し、それを料理人が大切に調理し、多くの人に美味しく頂いてもらう。そんなシンプルで、飢えや無駄がない農業と食の世界をOPENSAUCEとともに創りあげたいと思っています。

  • 小西 利行CSO (Chief Story Officer)

    中学の時、フレンチのシェフだった父親に「跡を継ぐ」と伝えたが、才能がないからダメと言われて落ち込んだ。母親に「食べる側になりなさい」と言われ、そういう大人になった。そして今、結果的に父親のレシピを未来に残せる。きっと父親も喜んでくれるだろう。

  • 福島 健一郎Civic Tech Organizer

    かつて「ハッカーズ」の著者スティーブン・レビーが書いた “Information should be free” という言葉は、僕にとって大きな衝撃だった。社会をオープンにしていくことに多くの時間を割いてきたのもこれが根っこにあるからだろう。だから、人間にとって最も大事な食・農の分野をよりオープンにすることは、きっと社会をより良くすると信じているし、今そこに関われることを心から感謝している。

  • 竹中 浩記Surfarmer

    「食」は口だけで行うことではないと思います。目、鼻、耳、手、自らの身体を使い、五感を働かせ、感情の波を楽しみながら、友達や家族とのおしゃべりで時の過ぎるのを忘れてしまう。今も世界のどこかでは、「食」してる方がたくさんいることでしょう。どんな時間になってるのかな?

  • 孫 泰蔵CGO (Chief Gastronomy Officer)

    食べる。食べるために調理をする。調理をするために食材を得たり作ったりする ― これら「生きていくために一日に二、三回どうしても行わねばならぬ厄介な行事」には、山川草木に相談する「自然」との対話があり、心身を充実させる「自分」との対話があり、同じ釜の飯を食う「人間」との対話がある。人間の全生活がかかっているこの一大事を、だからこそ、私たちはもう一度根本から見直し、時代や環境に合わせて新しく創り、それらを通じて自然や人間との関わり方をあらためて考えていきたいと思う。

  • 板谷 城児Senior Fellow

    出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。

  • 長南 千晴Community Designer

    生きるのに不可欠な大切な食事。口に入り身体の隅々へと行き渡り血となり肉となる食物。「食とからだ=こころ」これまでに培ってきた全てが糧となり、より良い実をむすぶ事に希望と光がさしてます。出逢えた人たちとこれから出会える全ての人達に安全で美味しくて楽しい空間と時間と食を。だってね、せっかく同じ時代と世代に生きているんだから!!

  • 飯田 貴史Engineer

    「食」や「農」というのは、身近にあるものですが、普段何気なく野菜を買ったり、ご飯を作って食べたり、お店で食事をしたりするものの、そこに至るまでのプロセスや携わる人の想いなどを気にしている人は私含め少ないのではと思います。 この「OPENSAUCE」を通じて、「食」や「農」に関して私自身も学び、世界中の人々に広めていく仕組み作りに取り組んで行きたいと思います。

  • 原口 賢二FOODCLUB kitchen member

    京都のレストランでの修行時代に、賄いで先輩に怒られたことがありました。「賄いを作れと言われたから作ってるだけの料理」「そんな意識だからまずい」「まずいものは食べたくない」「賄いでも食べた人の記憶に残る料理を作れよ」

    あり合わせの食材でとりあえず米が食べれるものを作るのが賄いだと、それまでの飲食店での経験から思い込んでいたのですが、先輩の言葉で気付かされました。料理ではなく作業をしていたのだなと。それからは料理に対しての向き合い方が大きく変わりました。スタッフにも家族にもお客様にも変わらず美味しい料理を作り、少しでも記憶に残る料理を作っていきたいと思います。

  • 今 英之Head Chef

    今まで料理の仕事を続けてきて、いろんな方々から受け継いできた味やレシピ。そこに秘められた思いを形に残したい。そんな思いに巡り合いました。料理を通じて、大切な思い出も一緒に 未来に繋げていきたいと思います。

  • 乗松 元康Communicator

    歳を重ねるにつれしみじみと思うのですが、私の母は料理が得意ではなかったと思います。手抜きをするわけでもなく、特別に凝るわけでもない母の手料理。それでももし死ぬ前に何が食べたいか?という質問をされたら、私は即こう答えます。
    母の豚の生姜焼きです。

  • 片嶋 由貴pâtissière

    最も身近にあり、素直にうれしい感情が『おいしい。』という感情だと思う。一口食べれば笑顔になる。元気になる。食べた人も、作った人もうれしい気持ちになる。誰かの『笑顔』と『おいしい。』に携わることができたなら、自分にとってもおいしい仕事。

  • 竹本 彰吾たけもと農場代表

    農家やってます。農産物を作ってるとは言うものの、一年をかけて育てるものも、ボクたち農家の手から生まれ出るものは何一つなくて、「育つ」を見守る一点につきます。特等席で。農業は第一次産業。いのちに、第一次に繋がる産業です。半日かけて料理した食事がほんのひと時で無くなる。一年をかけて育てたモノが一瞬で消化される。作った手間暇に思い入れがあるぶん、文字に起こすと、なんだか切ないものですね。でも、そのひと時、一瞬の積み重ねが、いのちを繋いでいるんです。いのちに繋がる第一次産業であることが、ボクの誇りです。

  • 柳井 友一Industrial Designer / 陶芸家

    料理との最初の接点は7歳の時、母に「好きに作ってごらんよ。」といわれて作った袋麺のラーメンだった。最後まで口を出さず見守ってくれ、茹で過ぎてスープの少ないラーメンを母は美味しいと言って全部食べてくれた。失敗して悔しかったことを覚えている。誰かの為に作る料理はいつも何かを教えてくれる。とても難しいけれど、とても楽しいことだ。この場でも自分ができる最高のもてなしの形を具現化していきたい。

  • 西道 威稀apprentice

    子供のころ食卓に出来立ての料理が並ぶことは少なかった。家は母子家庭で仕事で忙しかったため、ご飯は作り置きが多かった。そんな幼少期だったが、誕生日は食卓に温かいご飯とケーキが並んだ。それがすごく幸せだったのを覚えている。大人になり、些細な幸せの積み重ねが人生を豊かにすると知った。自分の仕事で、たくさんの方に「食事から生まれる小さな幸せ」を感じていただき、心ゆたかな人生となるように少しだけでもお手伝いできればと思う。

  • 高鍬 未翔Restaurant Manager

    実家がフレンチレストランを経営していたこともあり、生活の中には常に「レストラン」が存在してきました。今ではどっぷり浸かっています。「レストラン」にはここが良い、ここが悪い、色々あります。美味しい料理、面白い料理、驚くような料理。それらを引き立てる飲み物。素敵なテーブルセッティングや心地よい空間。ゲストの皆様には、この店に来て良かったな。一緒に働く皆様には、この店で働いて良かったな。「レストラン」をブラッシュアップしながら、新しい魅力をお伝えいたします。

  • 森崎 和宏Movies&Contents Director

    「空いた腹を満たす」 食についてはそれくらいにしか考えていなかった。“ジャンクキング”の名を欲しいままにファストフードと共に20代を過ごしてきた。 ここ数年、自分でも料理をしたり、料理人の友人ができたりと、食について深く触れる機会も増え、食にまつわる事象には、カップ麺からは感じられない、新しい発見や感動、喜びがたくさんあるのだとわかってきた。そして、そこには必ず“人”がいる。育てる人、獲る人、作る人。そして人には必ずストーリーがある。一皿の料理にいたるまでの、さまざまなストーリーを、人とともに伝えていきたいと思います。

  • 野々村 隆弘Cocinero

    私の料理人としてのスタートは東京在住時でした。地元石川県を離れて感じた、金沢の食の豊かさや、文化、そしてそれだけに囚われないアートや工芸のイノベーション。食に関する金沢という土地は、豊かな海鮮類や和食というイメージがまだまだ強いと思います。先人達の知恵や技術、残されて来た食文化に敬意を払い、食のイノベーションという側面をさらに発展出来るよう、チャレンジしていきます。

  • 三宅 大介Project Manager

    先日、子供たちにおにぎりを作っている時にふと思い出した。祖母が亡くなる前、3ヶ月間ほど定期的に見舞いに行った時のこと。やつれた老婆は同じ話しかしないようになり、起き上がることができなくなり、やがて恍惚の表情だけになっていった。そして食べられなくなってから、あっという間に最期の時を迎えた。最後に欲して食べたものは海苔の佃煮だった。おばあちゃんらしい、と妙に納得した。自分は最後に何を欲するのだろう?

  • 上町 達也Industrial Designer

    高校野球部時代、毎朝母が反抗期の息子のために5時に起きて用意してくれた弁当と間食用の巨大なおむすび2個を持って朝練へ向かった。早朝、母のその背中を見ていたから夏バテでも残さず全部食べた。僕が食を大切にする感性はこの景色が原点ではないだろうか。食を通して人と人が繋がり血の通った時間を消費することは、どんな時代にも不変の価値があると信じている。時代の進歩を食の進歩に繋げたい。食を大切にするのが当たり前の世界を目指して。

  • 高橋大翔A_RESTAURANT kitchen member

    北海道の鷹栖町で育ち、料理系の高校に進学しました。高校生のときにA_RESTAURANTで行われた和食グランプリ決勝大会に出場し、そこで高木さんにOPENSAUCEのことを紹介していただきました。石川には海や畑からとれる沢山の新鮮な食材がある上に、北海道にはない伝統的な文化や料理があり、それらを学びたいと思い金沢にやって来ました。これからはレストランを始めとする様々な食に関する事を学び、身につけていきたいと思います。

  • 上土井 大志A_RESTAURANT kitchen member

    沖縄にルーツを持つ父親と、韓国人の母との間に産まれ、幼い頃から日本食とは一風変わった食卓で育ちました。転勤族の父親に付いて、全国津々浦々に移り住み、グルメな母親の影響で週に一度は外食をしていました。それでもやはり、一番好きな食事は母親の手作りです。母も小まめに料理を作り、夕飯の家族一緒の団欒はかけがえのない想い出です。今でも月に一度の頻度で、田舎の特産品や母親手作りの常備菜が届きます。そんな私が、もう永住するしかないと決めた大好きな街、金沢。其処から全国、ひいては全世界に向けて食のあり方を発信することが出来る弊社を誇りに思い、末端ながらお仕事出来る喜び…と、美味しい賄いを噛み締めている毎日です。